9月24日
この日は登山前の移動日。昼に三宮に着いたものの、集合は午後8時。圧倒的に暇である。テント泊で荷物が多くなることが分かり切っている今回の遠征で、大学で自習しようなどと考えるはずもなく、見事に約8時間の空白が生まれた。そこで、少し気になっていた映画を観て時間をつぶすことに。上映時間はなんと3時間、インド映画並みである。それでも長さを感じることなく見切れたので、さすがの構成だと思った。
夜8時にいつものハイエースを借りて買い出しを済ませ、下回生と合流して部室で装備を準備。使う予定だったテントとグラウンドシートがどうしても見つからず、別のテントや個人装備、ブルーシートで代用することになった。その後、別の車で来たPLとパーキングエリアで合流し、2台に分かれて一路長野へ向かった。
残り2〜3時間のところで私が運転を交代。このペースならナビより絶対早く着くじゃん!と計算していたら、思ったより早く高速を降りるルートで、道はどんどん細くなり山道へ。真っ暗な中、ハンドルを大きく切らないと曲がれない急カーブが続くつづら折りが、残り20キロ以上。しかもこの時間なのになぜか後続車がいて、気持ち的にゆっくり走れない。曲がるたびに正面に壁が迫ってくる、真夜中特有の山道に恐怖を抱きながら、なんとか運転し切った。
3時半過ぎに平湯あかんだな駐車場に到着し、仮眠をとる。始発のバスは6時20分、起床は5時。この時点で、睡眠2時間を切っての長時間登山が確定した。明日はどうなるのかと戦々恐々としながら眠りについた。
9月25日
なんとか目を覚まし、共同装備を詰め込んで始発のバスへ。荷物を持った瞬間に違和感に気づく。…荷物、重くない??人数分のパックご飯やレトルトに加え、飲み物2.6Lを追加したザックは、確実に8キロ以上あったと思う。テント泊は初めてで、これまで日帰り登山しかしてこなかった私はこの先が思いやられた。テントを持ってくれたメンバーは、私とは比べ物にならないくらい重かっただろう。今回の行程は計37キロ以上、獲得標高2200m以上という超ハードモードである。
上高地で登山届を提出すると、係の方から「明日は雪が降るらしいから、気を付けてね」という有力情報を得た。え!?まじで…?もともと2日目の天気が悪いため、今日のうちに山頂まで行こうという話にはなっていたが、これで1日で奥穂高の頂上を目指す超弾丸登山が決定した。河童橋では楽しむ観光客を横目に写真だけ撮ってもらい、足早に登山道へ。梓川をはさんで見える穂高連峰は岩稜帯が荒々しく、畏怖すら覚えた。今日中にこれを踏破するなんて可能なのかと思わずにはいられなかった。

ところがここで問題が発覚する。奥穂高へ向かうには、ほぼ中間地点の横尾ゲート(約10キロ地点)を10時までに通過しないといけないというのだ。YAMAPの予想では10時を超えている。まずい。ここでPLと健脚の部員が先頭を切り、下回生に発破をかけながら爆速で進んでいく。私から見れば、ほぼ走っているのと同じである。
当の私はというと、早々に切り離されて後ろを歩いていた。私だってのんびりしていたわけではない。そもそも彼らと私の歩幅が合うはずもないし、そんなスピードで行ったら山頂まで体力が持たない。こう自分に言い訳をしてマイペースに歩いた。私の後ろについてきてくれた部員がいたので、一人きりにならずに済み、気持ちはだいぶ楽だった。ちなみにYAMAPで見ると、私のペースでもコースタイムの220%。その私が完全に置いて行かれたのだから、彼らはおそらく300%くらい出ていただろう。なんやかんや、横尾には全員9時半に到着。時間制限には余裕で間に合った。
横尾までは高低差200mほどのほぼ平坦な道で、本格的な登山はここから。橋を渡ってすぐのサルの群れに癒されながら、どんどん進んでいった。本格的な登山が初めての1・2回生も多く不安だったが、そんな不安をよそにみんなちゃんと付いて来れていた。なんなら私の方が余裕はなく、景色のきれいさに感動するメンバーをよそに「荷物めっちゃ重い…。肩痛い…。」としか考えられなかった。体力を6割くらい消費して、12時半に涸沢ヒュッテに到着した。

ここで作戦を変更する。登山靴の底が抜けてテーピングで仮止めしていた部員はヒュッテに残り、代わりに立候補した1年生と2年生を加えた7人で山頂を目指すことに。荷物があまりに重いので、穂高山荘でのテント泊は諦め、全員涸沢でテント泊することにした。テントの設営を涸沢組に任せ、アタックザックで出発すると、荷物は格段に軽く、まるで羽が生えたようである。…しかし、それも長くは続かない。15キロも山道を歩いてきた下半身はすっかり疲れていて、うっすら頭痛もしてきた。明らかに調子は良くない。
そこで私は登頂を諦め、まだ元気そうなメンバーに山頂を託すことにした。折り返してくる彼らと出会う場所が、今回の私の頂上である。景色をじっくり楽しみながら(=休憩をたくさん取りながら)登り、何度も諦めそうになりつつ、当初の目標だった穂高山荘に16時に到着した。ここから山頂までは40分、ほぼ目の前だ。しかし急登であることに加え、日の入りの17時45分までに涸沢へ戻ることを考えると、これ以上進むのは現実的ではない。山頂は次回に見送った。
山荘に着いて15分ほどで、山頂アタック組が帰ってきた。私は自分の疲れは微塵も見せないように振る舞った。アタック組はみんな満身創痍という感じだったが、少し休んで下山開始。滑落したら大けがをしそうな箇所は多いものの、思ったより苦労せず涸沢まで下りられた。涸沢カールでは、待機組がテントを立て、お湯の準備もしながら待っていてくれた。後輩力がとても高い。高所でなかなか沸かないお湯で温めたご飯は、長時間歩いた後だったのでとてもおいしく感じた。気温が一桁まで下がる涸沢の夜は、9月とはいえ寝袋なしではとても寒い。
9月26日
4時ごろ、雨音で目を覚ます。結構本気で降っていてうるさい。この中を15キロ歩いて帰るのかと思うと絶望したが、隣を見ると同じテントの二人はぐっすり。この雨音の中でも眠れる熟睡度がうらやましかった。雨の中のテント撤収はとても大変だったが、防寒用に持ってきていたスキー用の手袋のおかげで手が濡れず、割と快適だった。
その後、長い長い下山を開始する。距離が長いわりに難所もなく、雨とガスで景色もきれいじゃないので、モチベーションが上がらない。強いて言えば、早く降りて温泉に行きたいというのがモチベーションだ。途中でテント持ち組のザックを持たせてもらったが、雨水を吸って多分12キロはあった。共同装備をたくさん持ってくれた人たちには頭が上がらない。下山の最後の方は、YAMAPを見るたびに全然進んでいないことに絶望しながら歩いた。温泉へ向かうバスでは、PLが「車で行けるような場所の景色では感動しない。苦労して向かう秘境にこそ、感動する絶景があるんだ!」と語っていた。大変なPLをたくさんしてくれて、感謝しかない。
温泉は「ひらゆの森」。露天風呂の数が多いのが特徴らしい。いい温泉だったが、私が使ったシャワーは、なんとボタンを押して3秒で止まる個体だった。3秒ではほとんど何もできない。結局ボタンを連打しながら洗い終えた。なんという運の悪さ。それでも温泉は温かく、疲れをしっかり癒やせた。
その後は同じ施設内のレストランで朴葉味噌定食をいただき、予約していた一棟貸しの宿へ。スーパーで総菜を買い込み、みんなで夕飯を楽しんだ。私は涸沢ヒュッテのおでんが忘れられず、出来合いのおでんを堪能した。PLいわく、下山後にみんなでご飯を食べるのが楽しくて山に登っている部分もあるらしい。登山中は不便なことが多いぶん、便利な下界の生活のありがたさを知れるというのは確かにあると思う。この遠征を通して、同級生となった元後輩たちがすっかり最上級生のリーダーになっていて、その成長を感じた。ちなみにこの宿は水道水が湧き水らしく、クセがなくすっきりしていて、とても飲みやすかった。
9月27日
7時半ごろに起床し、ひとりゆっくり朝食をとる。この日の楽しみは、前日に買った牛乳。65℃で殺菌された松田牛乳は、牛乳臭さがとても少なく、すっきりしていてとても飲みやすかった。牛乳嫌いの人でも飲めそうだ。気になる人はぜひ試してみてほしい。
観光日のこの日は、1つの遠征で百名山を2つ行けるのはアツいということで美ヶ原へ。最高峰の王ヶ頭まで、獲得標高80m、距離は6キロ。奥穂高に行った私たちからすれば、なんてことはない。スリッパで登り切った部員もいたほどである。道中は牛が放牧されていて、頂上では雲の切れ間を縫って写真を撮った。残念ながらアルプス方面の雲は厚く、景色はあまり見えなかった。正直な感想を言うと、百名山というよりは「絶景お散歩道100選」の方がふさわしい気がした。晴れてアルプスの景色が見えれば、また印象が変わるのかもしれない。

昼は長野のローカル中華チェーン「テンホウ」で、濃厚中華そばと餃子をいただいた。分厚いチャーシューが2枚のって、とてもおいしかった。その後は大阪組と六甲道組に車を分けて帰路へ。運転を交代しつつ、21時半に無事六甲道に到着して解散した。
反省
- 備品の管理をしっかりする
- 安全運転を心がける
- テント泊では共同装備が多いので、できる限り大きい容量のザックを持っていく
- 自分の装備の点検をしっかり行う
- 山では、面倒くさがらずに寝袋を使う
- アウトドア用品は高額だが、ハマったらしっかりした装備をそろえた方が楽しめるので、道具に投資しよう
- 地面が岩でデコボコの場所でテント泊をする場合は、お金を出してでも木の板を借りて床を作った方がよい。雨の今回は、板を敷いたところ以外が浸水していた
おわりに
今回の遠征は、おそらく私が参加する最後の遠征である。振り返ると、景色がきれいだったというより大変だったという思いが強いが、最後にテント泊を経験できてよかった。登山者が口をそろえて言う軽量化の重要性を身にしみて感じた。登山はこれからも続けていきたいと思う。PLをはじめ、参加してくれたメンバーに感謝の意を示し、この探検報を締めたい。ちなみに1・2回生は、上回生に重い荷物を持ってもらえるので、気になったら積極的に登山企画に参加してほしい。気になるものがなければ、自分で計画を立ててみるのもオススメである。



