京阪神大学80kmウォーク【2026.3.7】

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京阪神の三大学を“ついでに”踏破してやろう、と思い立った。家から京大まで近い。だからこそ、ただ行くだけじゃ面白くない。京大→阪大→神大をつないで、総距離約80kmを不眠で歩くことにした。言い出したときは完全に「余裕っしょ」モードだった。少し前に100kmを歩いたし、新しいシューズも買ったし、準備は万端……のはずだった。

当日、出町柳に集まったのは数人。途中から合流するメンバーもいる。まずは京大へ。吉田寮を眺めて、鴨川沿いをだらだら南下しながら、受験の話だのネットの話だの、歩きながら延々と喋る。こういうのが一番楽しい。と思った矢先、川の中州に迷い込んでしまって、靴もズボンも“くっつき虫”まみれになる。何をしているんだ、私たちは。しかも水切り大会まで始まる。80kmに必要かは知らない。でも人生には必要だった気がする。

しばらくして、川辺でよく分からない絡まれ方をしたり、「舞茸」という単語がやけに飛び交ったり、謎のイベントが続く。最終的に本当に舞茸っぽいものが落ちていて、「嘘じゃないんだ……」という気持ちになる。歩くって、こういう“どうでもいいのに忘れない”出来事が勝手に増えるから怖い。

夜が深くなるにつれ、楽しさよりも「眠さ」と「痛さ」が前に出てくる。終電の概念はとうに消え、コンビニや牛丼屋が命綱になる。中間地点の阪大に着く頃には、脚のどこかが明らかに壊れ始めていて、「ここでやめたい」が何度も頭をよぎる。それでも、いったん痛み止めと栄養ゼリーを入れると、驚くほど“動けてしまう”瞬間がある。これが良いのか悪いのか分からない。気分だけはちょっとドーピング。

深夜の大学周辺は静かで、妙に広くて、妙に寒い。キャンパスの外縁をぐるっと回るだけでも距離があるし、疲労で身体が変になるのか、やたらトイレが近くなる。何回目だよ、という自分ツッコミをしながら、休憩と再出発を繰り返す。途中、ベンチで数分落ちたり、なぜかラウンドワンに吸い込まれて、なぜか元気な人がエアホッケーを始めたりする。「なんで?」と思うが、たぶん“現実感の維持”に必要な儀式だった。

夜が明ける。街が起きる。人と車が増える。ここまで来ると、逆に「もう帰れる」という安心感も生まれて、心がちょっと緩む。でもゴールはまだ遠い。兵庫に入ってからは、神戸の坂が本気を出してくる。最後に待っているのは、あの心臓破りの上り。脚は痛いし眠いし、さっきまで何度もリタイアを決意していたのに、坂の前に立つと「ここまで来てやめるのはダサい」が勝ってしまう。余裕なフリをして歩いていたら、一瞬だけ本当に余裕な気がしてくるのも腹が立つ。

そして、ついに神大。見慣れた(はずの)景色が、やたらかっこよく見える。京大も阪大も神大も、それぞれ良さがあった。でも一番“景色が刺さる”のは、やっぱりここだな、と思った。達成感で終われる……と思ったら、大学から家に帰るためにさらに歩かなきゃいけなくて絶望する。ゴール後の追加2km、いちばん心にくる。

結論。80kmは、余裕じゃなかった。むしろ、前に歩いた100kmよりしんどかった気すらする。休憩を取りすぎて時間が伸びたのも反省点で、「しんどくてもパーッと行った方が結果ラク」という学びも得た。途中参加や途中離脱もあって、全員で完全踏破とはいかなかったのが悔しい。なのに、喉元過ぎるとまた次を考えてしまう。たぶん、またやる。次はもっとちゃんと歩く。次は、山で待ってる気がする。